高校の無償化は教育の民営化の始まり

私立高校の無償化のために公立高校の定員割れを起こす

確かに公立高校の定員割れが起きるでしょう。それは問題なのでしょうか?

今、大学の問題は定員割れを起こしている大学を潰せないという問題です。この理由の多くは私立大学に天下りがあってその人たちが潰させないだけなんです。本当はなくなってもいい大学はたくさんあります。大学は学部ごとの身売りも可能になっています。とある大学の学部を有名大学に身売りをしたりもできます。なんやねんそれって感じですよね。去年まではA大学の教育学部だったのが、今年はB大学の教育学部になり、卒業するときにはC大学の教育学部になっている可能性もあるわけです。これが私立大学の現状です。資生堂がTUBAKIブランドを売ったの同じようにどんどんM&Aがしやすくなっています。

で、私立高校も大学と同様に潰せないんです。そのくせ公立高校は統廃合を繰り返しできています。うちの近隣の公立高校もA高校とB高校が合併しました。合併というときれいですが、単純に片方の高校を潰しただけです。公立高校は少子化に合わせてどんどんスリム化できるんです。よくよく考えていくとNTTだって、JRだって民営化して上手くいきました。今、教育も民営化すべき時にきているのではないでしょうか?

公立のやっかいなのは、働き手がだらけていくことです。競争原理が成り立たない限り人の成長はありません。国鉄の昔の映像なんてみると、平気でストをして乗客が酸欠になってもおかまいなし、満員電車で倒れている光景をみます。どうしても視点が顧客目線から内輪の目線になってしまいます。それは教育も同様です。少子化なのですからそれぞれのニーズにあった教育をしていくことが私立は可能なんです。いい教育かどうかを判断するのは行政ではなく顧客がすべきです。いい教育の学校には人が集まり、悪いところには人がきません。公立高校の場合はどうしても差別化がしにくいのは文科省の縛りがあるからです。金太郎あめの教育しかできません。だから現場の発想が貧弱になってしまうんです。

私立高校の授業料が上がる問題

いい教育しているところはあげればいいんです。我々だって高くて美味しいお店にはいきます。それはいいと思うからいきます。お店のいい、悪いは評論家が決めるわけではありません。あくまでも評論家の意見を参考にした顧客が決めるのです。その顧客が多ければ売り上げも上がり、その客数と売り上げがいいのがいいお店というわけです。そして一時は売り上げのいい会社などはありますが、悪いところは必ず消えていきます。それが経済活動なんです。

日本は資本主義国ですが、教育行政のみは社会主義です。それは公立が強いからです。経済活動は基本自由です。国の役割はルールつくりと経済活動に負けた人たちのフォローです。例えば失業したときの手当とか、保険とか、相談窓口とか、です。だから民間が強くなります。それを教育の中でもやっていこうというわけです。私立高校の無償化というのは教育の自由化のスタートなんです。

ハーバード大学だって、ケンブリッジ大学だって私立です。アメリカやイギリスの名だたる大学は全て私立です。それに対して北京大学や清華大学、ソウル大学、東京大学は国立です。というわけなんです。あくまでも高校の無償化はほんの第一歩にしかすぎません。私立中学を無償化にしていないのは、義務教育はきちんと国が面倒をみるということなんです。人間形成の根幹は行政が責任を持ち、自立し考える力がついている学生は自分でどんどん選択して力をつけていくということなのでしょう。それが高校からだということなのです。

アメリカは高校までが義務教育であり、日本は中学までが義務教育なのです。中学からお金を払って私立に行き、より長くその学校の教育を受けるのも親の選択なのです。

今日は塾屋だから教育行政について書いていきました。

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